図面から現場監理まで、マルチな一級建築士 hac. design office 谷口 俊博さん

高橋 さくらさん

※写真はクレジットがあるものを除き、筆者撮影

鳥取駅から約400m。休日には鳥取民藝美術館を訪れる観光客でにぎわう「民藝館通り」に、ひときわ目を引く明るい建物がある。以前は雑貨店兼住居だった空きビルをリノベーションし、昨年10月にシェアハウス部分がオープンした「MARCHING bldg. (マーチングビル)」だ。2021年1月に訪れた際には、未活用の空間として期間限定のアート展示が行われていた。この物件の改修の設計を行ったのは、一級建築士事務所 hac. design office だ。

まるにわメンバーを紹介するインタビュー企画 第1回は、hac. design office の代表で、まるにわの取締役専務を務める谷口俊博(たにぐち としひろ)さんに、お話を伺った。

空き家に住みながら設計図を書いた

谷口さんはまるにわの建築担当。「MARCHING bldg.」の改修にあたっては、既存建物の調査を行い、改修の設計と工事発注、現場監理などを行った。

昭和30年頃に陶器店として作られた3階建ての店舗の後方に、昭和50年頃、5階建ての住居部分を増設したというこの一風変わったビルは、旧耐震法を基準に建てられたものだ。古い建物としての課題——たとえば消防設備や電気・空調設備の老朽化など、諸問題の発見にもとづいて設計した。

「お金さえかければ全て対策することができましたが、既存不適格状況の維持、アスベストの囲い込みなど、限られた予算に応じた補修を行いました。
実際に自分が住んでみて、上下水道や給湯器など、残せる部分は残し、無駄のない工事にしようと考えました」

驚くのは、現地調査のために空き家に住んでしまったという点だ。
数年前まで住人がいた場所とはいえ、その行動力はプロ意識の範疇を超えている。
「住んでみれば、机上調査では分からない、建物の本当の状況もみえてきますし、ビル前の街道の人通りなども分かりました。そうした周辺環境も踏まえたうえで、設計を行いました」
季節は厳冬の2月。極寒の中、ストーブを焚いて図面を引いたという。

「仕事は建築以外考えたことがなかった」

谷口さんの本業は一級建築士。2019年の冬にそれまで勤めていた設計事務所を辞めて独立し、2020年2月にhac. design officeを構えた。現在は、さまざまな用途の建物の設計・工事監理を中心に活動している。

「設計の仕事としては、設計図を書いて、お客さんに説明をしながら意向を確認するための説明書を作り、その後は工事業者に対する説明書を作ります。
専門的な部分が多く、エンドユーザーには判断が難しいものなので、丁寧に説明して希望を汲んでいくことが重要だと思っています。工事監理については、”管”理ではなく”監”理なのですが、発注にもとづいて現場が作っていくものを、指導監督する…というところでしょうか」

中学生の頃から、親戚の大工さんのお手伝いをしていたという谷口さん。仕事は建築関連の職業以外、考えたことがなかったという。
「”仕事” = ”建築” という感じでした」

 高校時代は、将来はみんなで建築業界を目指すという話で友人たちと盛り上がった。八頭高校を卒業後、大阪の建築系専門学校に入学し、そのまま大阪で設計施工会社に就職。建物の改修を専門に行う同社の設計部に所属したが、
このときから谷口さんのマルチなキャリアが始まる。

設計の業務は通常、顧客との打ち合わせを行って設計図を作成し、顧客の承認を得るところまでだが、その会社では打ち合わせから工事発注、工程管理までを一貫して行った。
設計の先の現場の事まで学ぶことができたのは、良い経験だったという。
その後、東京にいる友人から「自分の店を持つので、店舗の設計をしてほしい」と頼まれたことをきっかけに東京へ。26歳の頃だった。

 友人のバル兼ラーメン屋の店舗設計を手掛け、東京の設計施工会社に就職。1年ほどは都電荒川線沿いの早稲田駅周辺に住んで通勤していたが、仕事をするなかで次第に設計事務所で働きたい気持ちが大きくなり、東京と鳥取の両方で求人を探した。都会に出たくて地元を離れた谷口さんだったが、「東京は長く暮らす場所ではないと感じた」。仲の良い友人もいて毎日楽しく、生活に不便もなかったが、転職を機に故郷に帰ることにした。
鳥取では県内最大手の設計事務所に入り、公共建築の設計も経験している。
まるにわの副業を通じて、遊休不動産のリノベーションを設計するノウハウも得た。
「犬小屋からビルまで、作れるものなら何でも作りたい」と話すのも納得だ。

人との縁

谷口さんは、「誰かと一緒に仕事をしたいという気持ちが強く、人生の一大決心を”人”を基準に決めることが多い」と振り返る。
副業を始めたきっかけも、鳥取市のリノベーションスクールでまるにわの代表・齋藤浩文さんと出会ったことだ。鳥取大丸の屋上の利活用を題材としたリノベーションスクール第2回で、谷口さんが参加したチームBのサブユニットマスターが、齋藤さんだった。
齋藤さんと意気投合した理由を尋ねると、「お酒が好きなところ」と「根底にある反骨精神」が共通項だと答えてくれた。

智頭町出身の谷口さんにとって、鳥取市は自分の”故郷”という感覚ではない。高校卒業後、十数年間は県外で生活していたこともあり、学生時代の思い出の場所というわけではなかった。それでも、鳥取駅前中心市街地のまちづくりに携わり、「”まちにいる人が、したいと思ったことをすぐできるようなまち”にしたい」と話すのは、中心市街地に生まれ育ち、『自分の故郷をより良い場所にしたい』と願う齋藤さんの気持ちに共鳴したからだ。
まるにわの活動を通じて、まちなかで頑張っている多くのひとたちと出会い、彼らを応援したいと思ったことが、谷口さんの原動力になっている。

これからやりたいこと

2月の中旬から、「MARCHING bldg.」の2期工事が始まっている。
1階・2階ともにサテライトオフィスとして個人や事業者が入居し、ビルのコンセプトである、まちの新しい「暮らし」と「働き方」を体現する場所へと生まれ変わる。4月のオープンに向け、リノベーションの真っ最中だ。

谷口さんにこれからやりたいことを伺うと、「事業の横展開」だと答えてくれた。
鳥取駅周辺をはじめ、地域には多くの空き家・空き物件が存在する。「MARCHING bldg.」はまちなか遊休不動産活用の好事例だが、まるにわ単独で手掛けられるリノベーションには物理的な限界がある。
今後、重要となってくるのは、第二、第三のまちづくり団体が生まれ、同時並行的に複数の拠点が再生していくことだ。谷口さんは、まるにわが指導役となり、スクール的なメソッドを使って、まちづくり事業者を育成する仕組みを作りたいと話す。

遊休不動産活用の土壌づくりとして、まるにわが新たに始めているのが、まちなかの既存建物の調査だ。地域では、活用できるかどうか分からない物件が、誰にも管理されないまま放置されている現状がある。そこで、まるにわが地域にある空き家を調査し、改修上の課題や活用可能性を発掘することで、その後の利活用を円滑に行えるようにする。谷口さんは今後、「MARCHING bldg.」の調査・設計の経験を活かし、既存建物調査事業の中心的な役割を担う。
2021年度中に、鳥取駅前周辺のビルを洗い出し、活用の可否や優先度などをマッピングする計画だという。

常に相手のために

お話を聞いていて、谷口さんが常に相手のために行動する方だということがよくわかった。そのことが特に印象に残ったエピソードを、最後に紹介したい。

まるにわが最初のリノベーション案件として取り組んだ鳥取大丸の屋上緑化では、屋上のにぎわい醸成の一環として、120平米ほどの芝生を植えた「まるにわガーデン」を造った。レンガで囲った円の内側に、芝生の育成に必要なだけの盛り土をする。屋上の重量が変わると、建物の耐震性も変化する。谷口さんは人脈を活かし、構造設計の専門家の友人に頼んで、安全性を確かめた。
「やっぱり、施主の鳥取大丸さんに心配いただくことなく、施工したかったので。誰にも知られていないと思いますけど(笑)」

(写真:藤田和俊さん)

常に相手のために、影の努力も惜しまない。そういう谷口さんだからこそ、まちのひとが集まる居心地の良い空間をつくることができるのかもしれない。





次回のまるにわインタビュー企画第2回では、「鳥取県内における中間支援活動約20年のGOD! 特定非営利活動法人学生人材バンク(中間支援) 代表理事 中川 玄洋さん」をお届けします。